初代校長大槻文彦先生の墓参

同窓会活動報告

 初代校長を務められた大槻文彦先生が逝去されたのは、今から98年前、1928年2月17日です。2026年2月22日(日)、東京都港区高輪の東禅寺にある大槻家の墓所を訪ね、恒例の墓参を行いました。今回は、千葉光太郎会長をはじめ、役員10名が参加して仏花を供え、線香をあげて、先生の遺徳を偲びました。

 大槻文彦先生は国語学者として活躍され、1875年に文部省から国語辞書の編纂を命じられ、17年の歳月をかけて日本初の近代的国語辞書である『言海』を1891年に完成されました。その翌年すなわち1892年、先生は宮城県尋常中学校(現在の宮城県仙台第一高等学校)の初代校長に就任され、学校の運営に尽力されました。

 東禅寺には、文彦先生の祖父である大槻玄沢先生をはじめ、大槻家の墓があります。玄沢先生は『解体新書』を著した杉田玄白および前野良沢に学んだ蘭学者であり、日本初の蘭学塾である芝蘭堂を開いたほか、蘭学・オランダ語の入門書『蘭学階梯』および『解体新書』を改訳した『重訂解体新書』などを著した人物です。また、文彦先生の父であり、幕末期仙台藩のブレーンとして開国論を主張し、藩校養賢堂の学頭などを務めた漢学者かつ砲術家であった大槻磐渓先生の墓もあります。今回の墓参では、大槻家の皆様の墓に、それぞれ線香をあげました。
 東禅寺は、仙台藩伊達家をはじめとして多くの大名家の菩提寺となっており、また1859年、最初のイギリス公使宿館がおかれたことでも有名です。

 先生を偲んだ後、参加者は、品川駅近くのお店で、献杯しました。

※ 墓所への一般の立ち入りは禁止されており、墓参を希望する場合は東禅寺に事前連絡する必要があります。ご注意ください。

 なお、『言海』(ちくま学芸文庫・2004年)は、現在も入手可能です。
 また、大槻文彦先生の評伝として、高田 宏『言葉の海へ』(新潮社・1978年/新潮文庫・1994年。現在は電子書籍として購入可能。大佛次郎賞、亀井勝一郎賞受賞)があります。

墓参の様子

千葉会長
東禅寺本堂前
三重塔の前
山門前にて
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